ワラ納豆で朝食。

一昨日仕込んだワラ納豆、その後。。。。

保温の問題があったが、作った7本のワラ納豆をひとつの発砲スチロールに入れるのではなく、二つに分けたらいい感じに40℃前後の温度で保温が出来た。
結局、保温時間は36時間ほど。
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開けてみると、おお!糸が引いている。
なんとか出来た^^。
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さっそく朝食で、いよいよ食べる。
本当は、アンモニア臭を飛ばすために半日ほどは冷蔵庫などで馴染ませて?からのほうがいいらしいが・・・。誘惑に負けて^^食べてみる。
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糸の引き具合はなかなかいい。

お味のほうは・・・・。

・・・う~ん、70点ほど。

カミさんやウーファーのお二人さんは美味しい美味しいと食べていたが・・・。
やはりワラのなんともいえない臭いがまとわり付く。
これが本来の納豆臭なのかもしれないが、どうにも食べにくい。
また夕食に残りを食べてみて、馴染ませたものがどのようになるか?楽しみにしながら。。。

・・・ということで、我が家の朝食。
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お米・お味噌汁(玉ネギ具材)・タクアン・野沢菜漬け・そして納豆が並ぶ。
う~~ん、豊かだ^^。
手作りの品が並ぶ暮らし、ありがたい。

次回は、豆腐作りにも挑戦をする予定。
そのために豆腐の木枠を発注した^^。

その他、畑山くんの呼びかけで今年は醤油作りやお米から焼酎(委託)作りもある。

納豆と豆腐は、日々の食卓に乗せれるように日常化たいと思っている。
このような加工の時間を他の仕事などをしたほうがいい、買った方がいい・・・と思うか、あるいは豊かだと思うか?

まあ、こんなことが農業の暮らしとなってもいいだろうって思う、ははは。。。。

ワラ納豆に挑戦。。。

大豆は無農薬で育てて、主に味噌にするぐらいしか活用していなかったのでたっぷりとある。そんな中、カミさんは納豆大好きでいつも購入をしてしまう。
大豆はあれど納豆は買う。
この関係を断ち切ってみたくて納豆作りに挑戦をしてみた。
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まずは蒸す。
近所のホームセンターに蒸かし器を買いにいったら、なぜか?一式が半額で売っていた。前からこの道具は欲しかったのだか、一式買うと2万円以上になるため躊躇していた。なぜか半額^^????だったので、念願の一式を買うことが出来た。ははは・・・・。

いきなりワラで納豆を作ってみる・・・という暴挙^^に出てみた。
昨年栽培したお米の稲ワラ。
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このあくまで自給にこだわる無謀さ^^。

ワラは水洗いをして、お湯の中につけて消毒。
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蒸かしあがった納豆を詰めて。
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ここまでの雰囲気はいい感じ。
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納豆作り~~~、という感じが伝わる絵だ^^。

いよいよ最大の難関である保温。
なんとか電気を使わないで保温ができないものか?と思い、発砲スチロールの中に温めたお湯を湯たんぽに入れてみる。
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・・・でも、40℃程度の温度キープには程遠い。。。。

電気を使わない熱源は、やはり七輪とかになるのか?
そうしたら納豆ムロを作らなければならないのか?
う~っむ。。。

最初の保温の夕方5時から夜9時ぐらいまでは40℃程度だった。
その後お湯を入れ替えてみたものの、入れ替え時に温度が下がる。。。
そして早朝5時には20℃程度まで下がっていた。
もう一度お湯を変えたがやはり30℃程度。。。。

まあ、初回はいろいろな準備や試行錯誤も重なりアタフタして上手くいったとは言えない。でも、何事にも最初をはじめないとわからない。ネットで作り方を見て行うものの、やはり実際にはかなわない。。。

今後も何度か続けて確立したい。

・・・でも、納豆菌をまぶす方法にするかも?
はははh・・・・。

遺伝子組み換えつくらない運動。

ここ北杜市では「遺伝子組み換えつくらない運動」というキャッチフレーズの元に、勉強会が行われている。
呼びかけ人は有機農業のお仲間さん。
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今日は、ジャーナリストの天笠啓祐さんをお迎えして現状をお聞きする。

ここ北杜市において「遺伝子組み換えを作らない地域」として、その意識を拡げていきたいと願う。

今回の進捗の中に地元の農協さんがこの運動に賛同してくれていることはとても意義があるし大きい出来事に思う。有機農業者の中では、この問題は大きな意識で立ち向かっているが、農協さんが賛同してくれたことはとてもデカイ。そして県議さんや市議さんの姿も見えた。
小さな一歩が少しずつ動き出したことに、呼びかけ人さんたちの功績をたたえたい。
ありがとうございます。

温床~枯れ畑。

ボチボチと温床の踏み込みを開始。
ウーファーのお二人さんにがんばってもらって・・・。
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今年は、稲ワラをかなり入れるようにした。
毎年、ぐぐ~んと温度が上がった後に下がっていくというパターンでなくジワジワとしか上がらないので、少しやり方を変更してみて。・・・でも、まあいつも30℃ぐらいにはなるのでいいのだけど。

枯れ葉は毎年同じ場所から集めてきて。つまり去年の秋の新しい枯れ葉。
米ぬかは近所のコイン精米所から少しづつ集めた、つまり地元のお米から。
稲ワラは自家製お米のもの。
いろいろなものに気を使わなければいけなくなった。。。。。。


現在の畑の様子。
昨年の5月頃からトラクターを入れないでせっせと草刈りを繰り返してきた。
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今は、白菜やキャベツの残りがある感じの寂しげな畑だが・・・。
枯れ草の間に春の野草が少しづつ芽吹いている。
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畑の中を歩くと、霜で持ち上げられた土でフカフカになっている。
トラクターで耕運したフカフカ感とはちょっと違うように思う。
霜柱などの自然の力で土の中に空気が送り込まれている気がする。
また植物の根っこが硬盤層を突き抜けた状態で腐り、それが空気や水分の通り道になるらしい。
つまりトラクターで耕運出来ない深い所にも作用するみたいだ。
そして雪は空気中のチッソ成分を捕まえて舞い降りると聞いたこともある。

そのようにして自然の力で土が作られているのかも知れないと思うようになっているこの頃。。。
まだまだ結果や効果は未知数ではあるが、何かを感じている。
何か?ということは明確な答えはないだろうけども・・・。

このようにして、自然から無償でいただけるものがたくさんある。
本当にありがたいことだ。

空気・水・太陽の光・植物の腐植・昆虫による受粉・微生物による発酵・・・・・。

数限りなく無償でいただけているもので人は暮している、生かされている。
この無償でいただけているものに人はどれだけ感謝できていると言うのか?
忘れるだろうなあ・・・と思える。
自分も下手をすると、すぐに忘れる。
いかん、いかん・・・と思う。
自然の営みを、間近で見れば見るほどこの無償の恩恵を感じることが出来る。
やはり、ありがたいの一言だ。。。

雪見~勉強~高速道路ぉ~???

香港とマカオから来たウーファー大学生のお二人さんを連れてスキー場に。
雪を見たことがないので・・・・とのことでお連れして。
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我が家から約30分でスキー場に着く。スキーの準備はないので、ただただ見学。

その後、古民家カフェのengawa-cafeさんで昼食を取りながら日本の昔ながらの建物の雰囲気を教え、その後には知人が味噌仕込みをしているとのことで、味噌作り体験も兼ねて連れて行き・・・・。

彼女たちは、やはり学生さん^^。日本の図書館に行きたいと言うのでお連れして。同じ町内にある「金田一春彦図書館」と名づけられた図書館で調べモノ。
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この図書館に連れてきている間に、ちょうど高速道路計画の意見会?のようなことが開催されていたので立ち寄る。
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この道路計画にも????ばかりが並ぶし、悲しくなる。。。
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今回の計画は、長野の佐久地方(上信越高速道)から中央道へと接続させるための計画で、八ヶ岳南麓を横断して接続させる案が進行中である。

今のこの時代に、リニアやこの高速道を造ろうとする感覚そのものに悲しくなる。

ましてや八ヶ岳南麓の広大な景色の真ん中に、景観と静寂とそして自然の営みを破壊してまで便利さと呼ばれるモノや効率さを求めて計画が進行している。

もう、アホかいな?としか思えない。

緊急性は全くない。
今はそれどころではないだろう・・・・と思えないのか?

もっともっと大枠で考えないといけないことに、どこで気がつくのか?


これらの思考の根底には、同じものが流れている。

この流れの結果を去年の3月以降からまざまざと見せ付けられたはずだと思うのだが、でも、まざまざと見せ付けられていない情報の中に飲み込まれているから、見えにくい。

本当に悲しくなる。

悲しくなる現実ばかり見ていても仕方がないこともわかる。
どこに前向きな視点を加えるべきなのか?
もう少し勇気を持って戻ることが、これからの前向きな気がする。


大地、地球・・・・。
これらはすべて、自分たちに対して無償で営みの原点を与えてくれている。
営みの原点は「食して生きる。」・・・・ということであるはず。
この食するためのものは、無償で与えられたモノから成り立っている。
ありがたくいただいている。
まだまだあたり前にいただけている。
あたり前すぎる感覚の中にいるので、ありがたさが見えにくいかもしれない。

あたり前に頂けなくなって初めて気がつくのだろうか?
もうすでに、いろいろなあたり前にいただけてきたモノが目に見える形で壊れ始めている。これからは、もっと壊れ始めた現実が見えてくるだろうと思う。

自分は少なくとも、少し気がつかせてもらったと思っている。
先人たちがすでに何十年も前から言っておられたことに、やっと気がつけた。
そして、自分の出来る範囲というちっぽけではあるが、動き出せた気がしている。

今まで、そして今からも無償でいただける暮らしが続くだろう。
そこに少しでも恩返しや、あるいは謝罪もできる感覚をいただけた。

モーレツなサラリーマンを経験し、農業をはじめて命の誕生を肌で感じる暮らしをし、そして大きな取り返しのつかないほどの出来事を見せ付けられて・・・・。
全ての経験した中から、やっと感じることができたのだろうと思う。

この流れの中で、気が付き始めた気がしている。

気がついただけでも、ありがたいと思っている。
感謝の気持ちが奥底から湧きあがる感覚をいただけてありがたく思う。

悩む。。。

やっぱり違和感がぬぐえない。。。。

ここ数日は特に、なんとも心の中がモヤモヤしている。

たぶん、名古屋に行った時にホテルに宿泊してテレビを見たのだが、どうもその時からのような気がする。我が家では山梨のこの地に住んでからテレビは設置していない。なので10年近くはもうほとんどテレビを見ない暮らしをしている。

テレビ番組のすべてを否定すべきではないが、でも昨今のテレビ番組そのものの多くは???だらけな気がする。自分の中では、原子力発電所が爆発し放射能が撒き散らかされたことはとても大きな出来事である。そしてこの放射能は何十年何百年という単位でその猛威を振るうと解釈をしている。1年ほど経てば終わり・・・ではないのだ、という認識を持ち続けている。

でもしかしテレビの中では、もう何もなかったかのようにお笑いやグルメ番組が流れていた。

これを数時間ほど見ていた訳だが、何か放射能関連のことを考えている自分、また高濃度の汚染地から子供を守ろうとする人たちがいる・・・などの想いなどが、どこかに行かされている気になった。
そんなテレビを見ていると、下手をすると・・・、
「もう考えなくていいんじゃない・・・」とか、
「目の前のことを淡々とこなして暮らしをすることが社会上の役割じゃない・・・。」とか、このような感覚になる。

放射能を撒き散らかすことそのものだけでなく、なぜ撒き散らかすような出来事、流れ、歴史・・・・になったのか?を考えることがとても重要なはずなのに、そこの部分にはあまり触れていないような感覚に違和感を覚える。

このテレビの中で流れている何事もなかったような感覚の中で、仕事上の農業のことを考える。今の社会システムの中で、暮らしのためのお金を得るために野菜たちを栽培し販売するという、ごく当たり前のはずの自分の行いそのものを深く考えている。考えながらモヤモヤ感が湧き上がるのも事実だ。。。

昨年から、より手間がかかる農法に変換を始めた。
これは、もっと自然の摂理の中で暮してみたい・・・という想いが高まったからだ。
有機農業と呼ばれるものに取り組んだ時の想いをもう一度原点から思い出したい。。。ということから。

そして今現在。
この時期は例年ならばマルチを張ってビニールトンネルをして人参や大根の種まきなどを行う時期だ。この人工的な資材を駆使して、少しでも早く生育をさせて出荷に結びつけるための農業の手法である。でも、これはこの地域の気候からすると自然の摂理からは反するのも事実である。・・・でも、暮らしのためのお金を得るには、やらねばならぬ・・・という感覚も湧き上がる。

・・・・悩むのである。

この田舎の片隅で、畑の片隅で、ちっぽけと思えるような効率化や生産性向上の積み重ねが、巡り巡って放射能を撒き散らかすことにつながったのだろう・・・という感覚が湧き上がるのだ。

どこで割り切るべきか?
今はとても悩む。

化学肥料や農薬での農業は、この効率化を進めた結果であろうと思う。
この効率化との違いは紙一重な気もするし、この流れに準ずるものを感じてしまうようになってしまったこの頃でもある。

本音を言うと、考えないほうが気が楽な気もしている。
テレビを見ながらケタケタと笑って、ガンガン稼ぐぞ・・・・と言っていたほうが目標が立てやすくて楽な気もする。
この今の悩みの中で、どこに目標を持つべきか?悩みに悩む。

ひとつの光明は、「楽しい・・・と思うことをやる。」のはずだ。

だから、そこをもう一度考え直そうと思いながら、この日記を書いておく。

始動~、ウーファーさん。

立春も過ぎて、いよいよいろいろな種まきを本格的にはじめた。
ちょうどウーファーさんが来てくれたので、せっせと蒔いてもらって。
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このお二人さん。
香港とマカオのお友達さん。
中国・広州にある大学で日本語の勉強をしているらしい。・・・なので、会話はほとんど問題なくできる。なんでも大学の授業の一環?で日本に関する実習の必要性があり、ここに来てくれたようだ。

作業?としては、娘のベビーシッターや犬のお散歩、このような種まきなどの農作業もいろいろと行ってもらうつもり。。。
今シーズンも、世界から多くの方に出会えることを期待して^^。

26日まで滞在予定。

立春大吉、おめでとう。

2月4日、立春大吉のよき日にお呼ばれいただいたイトーくんの晴れ姿。
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名古屋に出向き、結婚式からご招待をいただいて。
綺麗なお嫁さんの純子さん。
おめでとうございます。
多くの親類、知人さんたちに祝福をされていてイトーくんの人徳を感じる。
研修時代から多くの友人達が遊びに来ていたが、今日もたくさんの方々に囲まれて。
よかったね~~~。

お食事会の受付では記念の野菜の種まきを・・・ということで、ご来場者でセルトレイにレタスの種まきを行うという農業者ならではの趣向もあって。

お食事会のお楽しみクジで、景品が当たる^^。
なんと!後日お野菜ボックスを送ってくれるチケットが当る。
これは挑戦状~~とみた!。。。
ははは、楽しみにまっていますのでよろしくです~。

ありがとうね~、おめでとうね~、幸せにね~、遊びに行きますね~。。。。

シンプルに・・・。

去年の後半から、そして今年の1月は特に多くの講演やイベント事に参加をした。

そして、廻りの流れからフェースブックにも参加をするようになった。
フェースブックは、今この時点では未だ使い慣れていない。。。

いわゆる情報を求めてそのツールを使おうとしている訳だけど、どこかには違和感があるのは間違いない。。。たぶんフェースブックは今までのメールから代わっていくのだろうとは思うので参加すべきツールなのだろう・・・。まあ、こんな自分が使うようになったので、きっと一気に参加人数が増えたことだろうと推測する。。。

・・・で、この違和感。
自分でも気がつき始めているが、情報に埋もれていきそうな気配。
そして乗り遅れると置いて行かれそうな感覚。。。
もちろん自制をもって対応すべきなのだろうし、しっかりと使い分けを行い、そして「どこまで情報を求めるのか?」の見直しも必要だと強く感じているこの頃。

情報はあるが、自分の体はひとつ。
そんなに多くの事は対応できるわけもない。

ここ数日は薪割りを行っているが、90歳のおじいさんといっしょに切り出した木。

今日もそのおじいさんから呼び出しがかかりお手伝いに出向く予定だ。
とってもアナログな固定電話で我が家の電話に連絡が入る。
朝とか夕飯の時とかの、在宅時間に合わせて電話が入る。
そして現地で出会って作業を行う。
やり取りはとてもシンプル・・・・。
でも、これで事は足りる。

そして山の中に入り、夢中になって木を切り出す。

おじいさんはネットはもちろん携帯電話もない。
でも山に入って木を切って・・・、その繰り返しの暮らしにはいわゆる雑音はないのだろうと思える。

それでいいんだよなあ・・・と眺める自分がいる。


少しずつ種まきを始めた。
まだまだ寒い日々なので閉め切った育苗ハウスの中でさえも暑い感じではなく、ほんのりと暖かいぐらい。

種まきをしながら、ぼんやりと「地域に暮らす」ということを考える。
身近な地域のもの、こと、自分の足元を見直すことを心がけよう。
そして、実際に出会おう。
そこから、自分の実践をしっかり行おう。。。

なんだかシンプルに考えている自分がそこにはいるのだった。。。。

薪割り三昧。

今日はもうヘバヘバ。。。。
薪を割りまくり。。。。

先週、遊びに来たシンジ君と新規に移住をしたイトーさんと切り出しに出向いた薪をひたすら割って割って・・・・。
ブナやクヌギや栗などの木の切り倒しから行って搬入したもの。
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この山で約3ヶ月分ぐらいだろうか?(一冬4.5ヶ月分ぐらい必要。)
去年は薪割りをしなかったので今年は2年分を確保しなければならない。
まだがんばる予定。

この薪割りをする時はいつもエネルギーのことを考えさせられる時間となる。

今の時代はチェーンソウやトラックがあるので切り出しや搬送は比較的容易に出来る。・・・出来るけれども、でもそれはやはり自分自身の体力勝負である。
 まさに自分の体力で、暖房というエネルギーを確保する。ここに「暮らしの原点を持ってくるべきだろう」・・・と薪割り時にはいつも思ってしまう。

・・・と、そんなことを思いつつ、実は楽しいので行っている^^。

薪が積みあがっていくと、なんとも言えない達成感や充足感に満ちあふれる。
大げさに言うと、大地の恩恵から人類という動物との一体感を感じるのだ。
エネルギー問題とか環境問題とか、ちょっと小難しいことは抜きにして、自分の筋肉をヒクヒク言わせながら一体感を感じる。これは薪割りを実際に行わないと感じることは難しいだろうって思うが、この感覚に包まれることで生きる本質の楽しさが見えてくるし、感謝の心も自然に芽生える。

やっぱり、行った者だけが得られる快感?だろう~って思っている。

ありがたいの一言で、せっせと薪を割る。。。。
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